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2026.07.31
社長コラム

2000年の六甲サービスセンター

さてさてご無沙汰しております。
本当に久方ぶりの投稿になります。(振り返ると一年半振り!)
我ながら本当に筆不精で情けなく思っております。
当社でも今期から広報担当が頑張ってくれているおかげでブログや販売事例も活況になってきました。
余計に社長コラムの更新のなさが目立つようになり、広報担当から執筆のプレッシャーを日々うけるように。。。

久々に何を書こうか思案しながら、過去の文書やデータを見返していると色々と懐かしい人々や携わった仕事なんかが思い起こされました。私もそれなりの年月をこの会社で過ごしていますのでこの機会に回顧録というか備忘録というか振り返りでもしてみようと筆をとります。

私がこの会社に入社したのは2000年。平成12年の秋です。
時代はインターネットが一般のオフィスにボチボチ普及しだしており、私が配属された神戸営業所にはインターネットにつながっているデスクトップPCが1台あり、それを皆で共有していた記憶があります。
(重課金制なので長時間のネット接続は憚られます)

※入社当時のPC。電源を入れてから5分くらいかけて頑張って起動していました(画像はイメージ)

当時は環境事業部とサービス事業部という2つの組織がありました。環境事業部は業務用の空気清浄機や分煙機の販売と保守サービスをメインにしており、サービス事業部はエプソン製品の出張修理業務を兵庫県内で実施していました。

両事業部ともに立ちあがって数年しか経っておらず業務の繁忙さに対して人員数、組織の習熟度がまったく追いついてない状態で日々が慌ただしく過ぎていました。バタバタするのも当然で、その2年前には6人ほどしかいなかった従業員数が2年で40人を超える若手で狭い事務所にひしめき合う状態になっていました。そこには経験豊富なベテランもマネージャーも不在です。どの事務所も仕事が溢れかえっているカオスな状態、連日残業続きで日々の疲れとどこか殺気立った空気を感じる職場だったと記憶しています。

私は神戸営業所で環境事業部の営業マンとして配属されました。既存のお客様は持たずに新規顧客を開拓する役割でした。当時は飛び込み営業が当たり前でしたので毎日地図を広げながら何軒も訪問していました。基本的に人見知りなので飛び込み営業はあまり得意ではありませんでした。なので毎回深呼吸してインターフォンを鳴らしていた若かりし自分を思い出します。

※この時代の一般的な職場風景(画像はイメージです。当社ではありません)

当時の事業部で取り扱っていた主力商品は分煙機といってタバコの煙を吸い込んで空気を浄化する機械で、それを官公庁やオフィス向けに販売していました。現在では考えられませんが当時の職場は喫煙者が誰に憚られることなくデスクに灰皿を置いて喫煙していた時代です。それが徐々にタバコの有害性が謳われだし、健康志向も相まって禁煙空間と喫煙空間を隔てる動きが時代のトレンドになってきていました。そんな背景もあり商品自体はかなりニッチな商品でありながらも需要もあり訪問する先々で興味深く話を聞いていただいていました。(とはいえ私自身は喫煙経験のない嫌煙者なので設置対象の空間は地獄でした)

※当時の喫煙ルームの雰囲気(画像はイメージです。この中でのメンテナンスは地獄でした)

振り返ってみるとこの頃の六甲サービスセンターは、手に負えないほどの仕事量に対して何もかもが足りていない状態でした。それでも20代の若者が大半を占めていた手狭な職場は非常にエネルギーに満ち溢れており、不安よりも希望が勝っていたような気がします。

なんとなく書き始めたらあれやこれやと思い出して長々とした駄文になってしまいました。
また気が向いたら回顧録の続きでも書いてみようと思います。
それにしても写真って撮ってないものですね。デジカメが普及し始めたのはこの頃かな。